鯉山の象徴とも言える鯉は江戸初期の名工左甚五郎の作と伝えられています。 胴体、尾、ヒレとも見事に彫られており、素材は1650年頃の檜であることが近年の研究で判明しました。
明治22年に吉岡華堂の図案を基に名工村田耕閑によって作られたもので、大小8つある角金具には波濤模様が全て異なった意匠で彫り込まれています。
裁断したタペストリーの左側半分を使用。見送り掛ける金具には鶴が装飾されています。他の部分も含めて巡行には復元品が利用されている。
タペストリーの左右両側の風景部分がつなぎ合わされて使用。水引部分は花の刺繍が使用されているが、タペストリーとは無関係のものである。
タペストリーの右上部分を使用。両側には清朝時代の官服に使われていた龍の刺繍を配置しています。水引にはタペストリーの上部を使用しています。
タペストリーの右下部分を使用。両側には清朝時代の官服に使われていた龍の刺繍を配置しています。水引にはタペストリーの下部を繋ぎ合せて使用しています。